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東京高等裁判所 昭和36年(ネ)2510号 判決

控訴人 権田権雄

被控訴人 国

国代理人 青木康 外三名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決を取消す。被控訴人が原判決添付目録土地表示欄記載の土地(以下本件農地と略称する。)につき、昭和二十三年七月二日付でした買収処分及び同目録売渡の相手方欄記載の者之対してした売渡処分は、いずれも無効であることを確認する。訴訟費用は第一・二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、認否は、

控訴人において控訴人は原審で、本件農地の買収及び売渡がいずれも無効であることの理由として

第一、自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する)第一条による買収理由は憲法第二十九条第二項の公共の為に当らないので同法同条第一項違反である。(原判決事実摘示第二・一・(二)の(1) )

第二、自創法第六条の買収対価は憲法第二十九条第三項の正当の補償に当らないので同法同条第三項違反である。(原判決事実摘示第二・一・(二)の(2) (3) )

第三、甚だしく安い価格の買収及び売渡による地主小作農間の不平等及び不平等な量の農地売渡しによる小作農間の不平等は憲法第十四条の政治的、経済的、社会的に差別されないの規定に違反する。(原判決事実摘示第二・一・(二)の(4) )ことを主張したが、当審においては右第一及び第三の主張はこれを為さず、(右第三の主張は結局農地買収の対価が正当な補償であるか否かによつて決する問題であるから第二の主張だけで足りる)専ら第二の理由に基き、前記各処分の無効であることを主張する。そして第二の理由について末尾添付「控訴理由書」記載のとおり敷衍する。

と述べた外原判決の事実摘示のとおりであるから(但し控訴人が当審で主張しない前記の点に関する部分を除く)ここにこれを引用する。

理由

被控訴人国が昭和二十三年七月二日、控訴人の所有にかゝる原判決添付目録記載の本件農地を、自作農創設特別措置法(以下自創法という)第三条の規定により買収し、同日これを同法の規定により右目録「売渡の相手方」欄記載の者にそれぞれ売渡したことは当事者間に争がなく、右買収の対価が、原判決添付目録記載(一)の田について金七百六十円八十銭、(二)の田について金八百八十五円六十銭、(三)の畑について金四百七十三円七十六銭であつて、それが自創法第六条第三項の規定によつて算定された当該農地の賃貸価格の田については四十倍、畑については四十八倍に当る金額であることは被控訴人の争わないところである。

控訴人は右買収対価は憲法第二九条第三項にいわゆる「正当な補償」に当らないから、かかる対価によつてなされた前記買収は右憲法の規定に違反し無効であると主張するのであるが、当裁判所は右の主張を採用し得ない屯のと判断する。そしてその理由は次のとおり、補足するほか、右の点に関する原判決の理由と同じであるから、ここにこれを引用する。

自創法に基く農地の買収は、憲法第二十九条第三項に所謂「私有財産を公共のために用いる」場合に該当し、その買収は同条項に所謂「正当な補償の下に」為されなければならないことは控訴人所論のとおりである。そしてその「正当な補償」とは買収の対象である財産権の客観的な経済価値の補填を意味し、若しその財産権につき自由取引が許されている場合であればその取引額を基準として補償額を算定しなければならないことは当然であろう。然るに農地の取引価格については本件買収当時施行の農地調整法第六条の二は、農地の価格は原則として当該農地の土地台帳法による賃貸価格に主務大臣の定める率を乗じて得た額を超えてこれを契約し、支払い、又は受領することを得ない旨規定せられ、昭和二十一年一月二十六日農林省告示第十四号により右の倍率が現況田につい工は四十、現況畑については四十八と定められているのであるから、その価格は統制され、自由価格なるものは存在しない。従て財産権が農地である以上右の統制価格を超えたものによるその財産権の経済価値なるものは認めることができず、延いてその財産権の買収に対する「正当な補償」の額は統制価格の範囲内なる取引価格により算定されなくてはならない。固より右の見解はその統制価格が憲法第二十九条第二項に所謂「公共の福祉に適合するように」定められたことを前提とするのであるから農地調整法第六条の二の規定による農地の統制価格が右の「公共の福祉に適合するように」定められたものであるか否かにつき勘案する。思うに農地改革はわが国多年の政策であつて、すでに昭和十三年以来農地調整法その他の法令が制定されたのであるが、終戦と共にポツダム宣言を受諾したことにより、国民の間の各方面に存する民主的傾向の強化に対する一切の障碍を急速に除去すべきことが要請せられ、農業部門については特に従来の農業機構が封建制度の残滓を多分に温存するものとして連合国によりこれが改革を強力に推進すべきことを命ぜられた結果、第一次及び第二次農地調整法の改正により農地所有権に対する各種の法的制約が強化され、更に昭和二十一年十二月二十九日自創法の施行により耕作者をして労働の成果を公正に享受せしめるよう自作農を急速且広汎に創設し以て農業生産力の発展と農村の民主化の促進を図ることになつた。即ちこの法律並びに附帯法令の厳正果断な実施は、わが国の自由民主社会を形成するための不可欠な至上命令として、連合国の監視も厳重であり、而もこの事業は部分的な施行と異なり全国的に広汎な範囲に亘り、一挙に解決を図らなければならないものであつた。かような政治的、経済的社会事情を背景として考えると自創法第六条第三項の規定による買収対価は当時の国家財政上動かし得ない最高限度を定めたものといわなければならないのであつて、これを超えて他の物価で見られる闇取引上の価格を加えた物価指数迄スライドした価格を以て農地を買収するとせば国家財政はたちまち破綻し、国家の再建すら危まれことは容易に予想しえられたところである。このような事態の下に定められた右統制価格は憲法第二十九条第二項に所謂「公共の福祉に適合するように」定められたものといわなければならない。

本件買収対価は自創法第六条第三項の規定による最高価を以て定められたものであるからこの買収対価を以て「正当な補償」といえないとする控訴人の主張は理由のないこと明かである。

控訴人は又買収対価決定と買収処分実施との期間のズレの為生じた物価との差額を計算に入れていない。即ち農地買収対価の基準は昭和二十年に国会を通過して定められたものであるが処分実施は昭和二十三年であるからその間の物価騰貴を織込んでいない不当のものである。と主張する。なるほど前記統制価格は昭和二十年産米穀の政府買入価格六十キログラム当り六十円余を以て算出の基礎としたもの(この事実は当裁判所に顕著である)であつて、その後年度産米穀政府買入価格は著しく高額となり、昭和二十三年産のものは六十キログラム当り千五百十円と定められた事実、その他の農産物価格の引上、インフレーションの昂進に伴う一般諸物価の著しい昂騰の事実はいずれも公知のことであり、農産物生産費の増加、自作収益の増加も認められるのであるから、控訴人所論の如くその統制価格も右の経済事情の変動に伴い改訂すべきであるとする考え方も一応うなずけないわけではないが、これを自作農創設事業と関連して考えると、その改訂前既に農地を買収された者とその後において買収さるべき者との間に買収対価を異にするときは被買収者間に不公平な結果を招来することとなり、且前述のようにこの事業が比較的短期間に一挙に解決されなければならなかつた情勢とを合せ考えると、当初定められた統制価格を維持することも亦已むをえないことであり、農地所有者は右価格の維持により蒙る犠牲を受忍せざるか。得ないものと思料するから控訴人のこの主張も採用しがたい。

控訴人が当審に於て主張する爾余の部分は本件買収価格が「公共の福祉に適合するように」合理的に定められたもの、従て正当な補償に該当する。とする前記説示と異る独自の見解に立脚してなされるものに過ぎないからいずれもこれを採用することができない。

控訴人の本訴請求を排斥した原判決は正当であつて本件控訴は理由がないからこれを棄却すべきものとし民事訴訟法第三百八十四条、第九十五条、第八十九条に則り主文のとおり判決する。

(判事 谷本仙一郎 堀田繁勝 野本泰)

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